自己紹介

当ブログにお越しくださいまして、誠にありがとうございます。
このブログを運営している鈴川眞白(すずかわましろ)と申します。

20年近く、うつ病・不安障害を抱え、生きづらい世の中を自分なりに生きてきました。

最初のパニック発作は小学校6年生の時だったと記憶しております。まあ、その時は診断も何もなく、今思えば…という推測になりますが。その後、なりを潜めていた症状は、大学受験の浪人時に暴発。どこかに受からなければ次が無いというプレッシャーから高熱、めまい、動悸、謎の息苦しさ、そして死ぬんじゃないかという不安感に襲われることとなります。

当時、精神疾患に関する理解はそこまで進んでおらず、また、通院した病院もまさか精神疾患だとは思わなかったようです。心電図、心エコー、24時間心電図、肺活量検査というあらゆる検査をして出た結論が、案の定「異常なし。高熱による一時的な合併症」とのものでした。

そして、奇跡的に東京の大学に合格、上京しましたが、症状はよくなるばかりか悪化の一途をたどります。大学の先輩に紹介され、初めて精神科の門をたたきました。そこで出た診断名は「躁うつ病」 今でいう双極性障害でした。それでも、何故か信用できず、ここから鈴川のドクターショッピングが始まります。双極性障害→うつ病、不安障害→境界性パーソナリティ障害→うつ病→抑うつ状態。病名なんかどうでもいいから、楽にしてくれ!というのが正直な感想でした。

リスカ、OD、自〇未遂、なんでもやりました。それでも満たされることはなかった。生きていく為に仕事もしました。その為に選んだ仕事はコールセンタースーパーバイザー。いろんな人と出会い、いろんな人の話を聞き、いろんな人の気持ちを察しなければならない仕事です。働いては倒れ、働いては倒れを繰り返しておりました。

そんな中、ひょんなことから関西に戻ってくることとなりました。2年ほど実家におりましたが、これではダメだと一人暮らしを始め。そして、転居先でであった精神科医が下した診断は「発達障害(ADHDメイン)」というものでした。いや、無いわ、それは無いわ…と笑いましたが、検査など受けてみると結果は「真っ黒」 よくある話過ぎ、ワロタwwwという状態でしたが、医師と話すうち、なるほど~と思うこと多数。

だからと言って、劇的に回復した…という夢のようなお話にはなりません。なりませんが、どう自分と向き合っていくべきか、これからをどう生きていくべきかを考えるきっかけを作ってくれました。そして、数年間離れていた、ネットの世界に舞い戻って参りました。過去の経験、現状、そして自分の思うこと、数々の失敗談、それを発信することで、同じ悩みを持っている方と繋がることができたら…とこのブログを立ち上げました。

このブログを読んで、症状が寛解するということは無いでしょう。発達障害が治るということもないでしょう。それでも、小さな光や笑いを提供できれば。そんな思いで日々を綴っていこうと思っています。大きな夢を叶えるよりも、小さな夢を少しずつ見つけて頂けるようになればと思っています。

最後に、どうしても古い人間ですので、ネットスラングや表現が古臭い点など見苦しい点もあるかと思いますが、なるべく気を付けていこうと思っておりますので、どうぞお付き合い頂ければ幸いです。

 

2018年5月10日 鈴川 眞白

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